大判例

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東京高等裁判所 昭和44年(ネ)854号 判決

控訴人

斉藤時子

(原審昭和四〇年(ワ)第二四〇号事件原告)

ほか三名

控訴人

田子ケース有限会社

(原審昭和四三年(ワ)第六五号事件原告、

昭和四一年(ワ)第一〇八号事件被告)

被控訴人

湯川光治

(原審昭和四〇年(ワ)第二四〇号、

昭和四三年(ワ)第六五号各事件被告、

昭和四一年(ワ)第一〇八号事件原告)

ほか一名

主文

本件各控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴代理人は、「被控訴人永井学志敗訴部分を除き原判決を取り消す。被控訴人らは連帯して、控訴人斉藤時子に対し金一八九万四三七五円、同斉藤登美子、同斉藤智和、同斉藤文江に対し各金九二万九五八四円および右各金員に対する昭和四一年一月一八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。被控訴人らは連帯して控訴人田子ケース有限会社に対し金七四万四九一五円およびこれに対する昭和四三年三月一六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。被控訴人らの各請求をいずれも棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠の関係は、以下に記載するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決六枚目裏四行目に「慢然」とあるのを「漫然」に訂正する。)。

控訴代理人は、当審において、次のとおり陳述した。

「一、原審の本件事故に関する事実誤認

本件事故について被控訴人永井には過失がある。

(1)  被控訴人永井運転のトラツク(以下「乙車」という。)は、道路中心線上か、あるいは中心線を超える状況で、右折のため停止している小型四輪自動車(以下「丙車」という。)の直近を進行していたもので、少くともセンターラインぎりぎりを走行していた。そして、むしろ、乙車が丙車の側近を通過して僅かにハンドルを右に戻そうとしたところ、中心線付近を反対方向より走行してきた訴外亡斉藤守正(以下「守正」という。)運転のトラツク(以下「甲車」という。)に、乙車の方が中心線を若干超えて衝突したのである。

(2)  甲車は中心線を約一メートル超えて進行してきたのではない。

(a)  甲車の運転者守正は死亡し、その助手席同乗者はシヨツクにより記憶がないが、本件のように被害者側が反証を挙げることの困難な交通事故において、客観的に事故原因がいずれとも断定し難い場合に、加害者側である被控訴人側の一方的な言い分の証拠のみで、被控訴人側に過失がなかつたことの前提事実として、乙車のセンターラインオーバーの事実がないと認定し、控訴人側に一方的過失があつたと即断することは許されない。けだし、被害者が死亡し、被害者側が反証を挙げ難い状況下で、客観的には事故原因の責任がいずれにあるのか明らかでないのに、生存している加害者側の一方的言い分のみにもとづいて被害者の過失および加害者の無過失を認定することが許されるとしたら、自動車損害賠償保障法三条但書が挙証責任を転換して、むしろ免責事由の挙証責任を加害者側に課した立法趣旨は全く没却されてしまうからである。

(b)  本件事故は、乙車が丙車を通過した直後の事故であることが一応窺われるが、これから直ちに甲車のセンターラインオーバーを推認することはできない。すなわち、右推論の前提としては、丙車が中心線上または中心線ぎりぎりに停車していたか、もしくはそれを超えて乙車の進路上に出ていたのでなければならないし(前記のように乙車は丙車のぎりぎりの地点を通過している。)、仮にそれが認められたとしても、さらに、その後乙車がハンドルを少しも右には切つていないことが明らかでなければならない。前者については、交差点にはセンターラインがなく、その位置は憶測の域を出ず、後者については、後記のとおり衝突個所の破損状況および事故後の乙車の停止状況などの客観的事実に照らすと、むしろ乙車がハンドルを右に切つたのではないかという事実が十分推認さえできる。

(c)  衝突後の甲車、乙車の停止位置から考えると、むしろ甲車はセンターラインを超えてはおらず、かえつて乙車の方が丙車通過後ハンドルを右に切るなどしてセンターラインを超えてきたと考えるべきである。すなわち、甲車は、事故後の停止位置において、その右前輪がセンターライン上にあるにすぎないこと、しかも甲車が衝突後約二五メートル移動しているが、それは左にゆるくカーブする道路においてであつたこと、車輪は正常で真直ぐであり、かつ、ハンドルが左に切られている証拠もないから、甲車は惰性で真直ぐに通行を続けて移動したものであると推認できること(守正は即死といえるからハンドル操作は不可能である。)を併せ考えると、むしろ、衝突時においては、甲車はセンターラインを超えてはいなかつたことが十分首肯できる。ところが、乙車は中央線右斜めに停り、右前輪が三、四十センチメートル中央線より出ていたのであるから、衝突時に乙車がハンドルを右に切つてセンターラインを超えていたことが十分窺われるのである。

(d)  本件事故は、対向車どおしの衝突事故であるため、ともすれば、いずれがセンターラインをオーバーしたかを確定しなければならないと考えがちであるが、センターライン付近での衝突事故には、いずれの車両がセンターラインを超えたのであるのかを決しかねる場合、すなわち、センターライン上での衝突事故とでもいうべき場合もあり、また、いずれの車両もセンターラインオーバーをしているという場合もあるのであつて、殊に本件事故の場合には、甲車がセンターラインを超えて衝突したという現場の状況等の客観的証拠はないうえに、衝突地点と推定される範囲の場所にはセンターラインの表示もないのであるから、少くとも、甲車がセンターラインをオーバーしたとは認められない事案として、その責任を判断すれば足りる。

(3)  仮に甲車が中心線を超えていたとしても、「突然に」超えたものではなく、乙車としては前方を十分注視しておれば交差点内の徐行義務および安全運転義務があることに徴し、容易に衝突を回避できるものであつた。

(a)  甲車が「急に」中央線を超えて進行した証拠はない。むしろ、被控訴人永井は、丙車の動静のみ気を奪われていたため、甲車を五〇メートルあたりに発見し、三〇ないし四〇メートル前方では甲車が中心線あたりを走つてきたことを認めていたのに、甲車が約一〇メートル近くに接近するまで乙車との衝突の危険性を予見することができなかつたとみるべきである。甲車が、対向車である乙車が接近して来るのに、その進路にあえて出るように急に右側に寄つたとするのは、いかにも不自然、不合理である。

(b)  加えて、衝突後の甲車の停止状況および破損状況を検討すると、甲車が急に右側に寄り、乙車に突つ込んできたものではなく、むしろ、乙車の方がハンドルを右に切つて甲車に衝突した状況を肯認させるような破損状況である。すなわち、まず、甲車が急に右にハンドルを切つて乙車と衝突したとすれば、衝突後ハンドル操作が不可能な甲車にしてみれば、車輪(少くともその前輪)は進行方向の右側に多少なりとも向いているはずであるのに、前記のとおり進行方向の儘に真直ぐである。のみならず、甲車の破損状況は、乙車の方がハンドルを右に切つて甲車に衝突した状況と推認させる。

(c)  被控訴人永井は、乙車のハンドルを左に切り、ブレーキをかけたというが、現場に乙車のブレーキ痕はないのであり、前記のとおりハンドルは、むしろ右に切つているのである。

(d)  衝突後の車両の動きは、衝突の際の両車両に働く力の作用の方向とその大きさによつて規定されるものであるから、逆に衝突後の両車両の動き、停止位置等を見れば、衝突の際に両車両に働いた力の方向とその大きさを推認することができ、また、力の方向とその大きさから両車両の衝突の態様も明らかになる。

(一)  ところで、本件事故現場は、ほぼ平坦な道路で、何ら障害物はなかつた。

甲車が急に右側に寄り、乙車がハンドルを左に切つたというのであれば、衝突の際に両車両へ働く力の作用方向は、別紙第一図の如きものとなり、予想される停止位置は、同図に点線で示した甲車、乙車のとおりになると推認される(同図は、甲車より乙車の力または重量が大きいことを前提とするが、これは甲車が、いすず六四年TLD二〇型二トン車、車両重量約一・六トンであるのに対し、乙車が、いすずTD八〇E型と推定される八トン車、車両重量約六トンであり、しかも六・二トン位のみかんを積載していたからである。甲車の破損が乙車より大きいことも、これを裏付けている。なお、乙車はブレーキ操作をしていないか、あるいは少くとも制動作用はなかつたから、減速度もなく、これを力の大小の判断について考慮する必要がない。ちなみに、仮に甲車の力が乙車より大きいとしても、合成された力の方向は右の図より、さらに北向きとなる。)。これに対し、乙車がハンドルを右に切つたと考えれば、力の作用の方向は別紙第二図の如くなり、衝突後の現実の停止状況ともほぼ合致する。

(二)  次に車両の破損状況を検討するに、乙車の前輪は進行方向右に大きく切れて破損している。これは甲車より乙車の右前輪にその内側から外側に向つて力が働いたことを示している。そして右のように力が働くためには、別紙第三図のような衝突の角度にて両車両が衝突しなければならぬはずである。右事実に徴すれば、むしろ乙車の方がハンドルを右に切つたことが十分推認できる。

(e)  当審における鑑定の結果によれば、甲、乙両車は「ほとんど平行状態で衝突したものと推定される」というのであり、甲車が急にセンターラインをオーバーして乙車に突つ込んだとは認められない。

仮に甲車がセンターラインをオーバーして乙車に衝突したとしても、右鑑定結果からして、急にハンドルを右に切つたために突然センターラインをオーバーしたというようなものではなく、せいぜい進路をセンターライン寄りに変える際に、右に寄り過ぎ、そのまま進行してきたものであるか、本件事故現場より茅ケ崎方面へ約六〇メートルの地点から始まつているゆるやかなカーブを切る際に、十分にカーブを切らなかつたため徐々にセンターラインをオーバーしてきたという程度のものであつて、いずれにしても甲車を五〇メートル手前で発見している被控訴人永井としては、通常の前方注視義務を尽していれば、容易に衝突の危険性を予見し、衝突を回避し得たものである。

(4)  要するに、本件は、乙車がセンターライン付近を走行していたところ、進路前方に丙車が停止しているのを発見し、これに気を奪われたため対向車である甲車の接近に気がつかず、一たんハンドルを左に切つて丙車すれすれにその側近の地点を通過し、再びハンドルを右に戻したところ、折から中心線付近を進行してきた甲車に衝突したものというべきで、乙車の運転者である被控訴人永井には、センターラインオーバーの重大な過失または前方注視義務に違反した過失があつたというべきである。

仮に甲車がセンターラインをオーバーしていたとしても、僅かであり、かつ、急に超えてきたものではなく、被控訴人永井が約五〇メートル前方に甲車を発見したときから甲車の位置をそのライト等で適確に把握し、その動静に注意していれば、そのまま乙車が進行した場合甲車と衝突するであろうことが充分予見でき、それに基づき、進路を左にとる等して事故を回避することができた。被控訴人永井には、このような前方注視の注意義務を怠り、丙車の動静のみに気を奪われ、丙車側近を通過するに至つて初めて甲車の接近に気づいたという過失があることを否定することはできない。したがつて、被控訴人側に自動車損害賠償保障法三条但書の免責の三要件の事実をすべて立証し尽したということができない。

二、被控訴人永井の過失に関する主張の補充

被控訴人永井には、乙車を運転するに当つては、本件交差点内においては徐行をして前方などを注視し衝突しないよう安全運転をする義務があることは勿論、当時乙車の左側には何ら並進車もなく、また、追越し中でもなかつたのであり、かつ、道路の左端から三ないし四メートルもの余地を残して進行していたのであるから、キープレフトの原則(道路交通法一八条一項)に従い、できるだけ道路の左側に進路をとり、対向車との接触、衝突の危険を回避すべき注意義務がある。しかるに同被控訴人は、これを怠り、漫然、道路中心線付近を進行した過失により、同じく中心線近くを反対方向より進行してきた対向車の甲車に乙車を衝突せしめたのである。

三、被控訴人永井の過失利益

被控訴人永井の使用者である被控訴人湯川が、本件事故により破損した自動車を修理する期間中、その自動車を使用することができなかつたことを理由に、被用者たる被控訴人永井までが当然に、その期間中稼働できなかつたとして、その休業による逸失利益と本件事故との間に相当因果関係のある損害として賠償を請求することは許されない。

けだし、使用者の有する自動車が交通事故により破損し使用不可能となつた場合において、その破損のために直ちに当然に、その被用者が休業せざるをえなくなるということは通常ありえず、仮にその被用者が当該自動車の運転手であつたとしても、その他の仕事に従事する等して休業はしないのが通常であり、また休業せざるをえなくなるという特段の事由もないのであるから、その自動車の破損・使用不可能により被用者が休業を余儀なくされる特段の事情の主張、立証のない限り、交通事故による使用者の自動車の破損・使用不可能と被用者の休業との間に相当因果関係があるということはできないからである。

しかして、本件においては、右特段の事情については何ら具体的な主張、立証がないから、本件自動車修理期間中の被控訴人永井の休業による逸失利益は、本件事故と相当因果関係にある損害とは認められない。

四、被控訴人永井の慰謝料額

被控訴人永井の障害は全治九日間という程度の軽微なものであり、受傷部位も頭部、顔面部あるいは内臓部というようなものではなく、傷は僅かに腕および下腿の打撲擦過傷を主体としたものにすぎないのであるから、この点に他の諸事情を考慮しても、近時の裁判例による通常の慰謝料の算定例および算定基準(例えば東京、大阪などの裁判例では入院一ケ月一〇万円を基準としている。)に照して、原判決の認容した慰謝料額は不当に高いものといわなければならない。」

被控訴代理人は、前記控訴代理人の陳述に対する反ばくとして、次のとおり陳述した。

「一、控訴人らは、本件事故は乙車がセンターラインを超えていた(あるいは、すれすれ)と主張するが、これは全くの独断であつて、何ら証拠に基づくものではなく、事実は反対である。乙車が丙車と一メートルないし一メートル半の間隔をおいて丙車の側を通過したことは明らかで、右通過直後に本件事故が発生したのであるが、この場合、乙車が右通過直後、ことさらに中央線を超えて、あるいは中央線すれすれまで自車を寄せることは技術的に不可能であるばかりでなく、全くその必要のないことであり、あえて、これをおかすことは常識上からも到底考えられない。また、控訴人らは、乙車は丙車の前方を間一髪に通り抜けようとしたためセンターラインにおどり出たと主張するが、乙車は丙車が方向指示器を点滅して右折の合図をしているのを認めていたので、危険を冒して丙車の前方を横切る訳がない。このような乙車の法規に従つての正常の行動がために事故を招くことがあつても、そのために乙車の運転者に過失があつたものと認めることはできない(最高裁三小昭和四〇年(あ)第一七五二号、昭和四一年一二月二〇日判決)。いわんや、本件のように、その過失が全面的に甲車にある場合、被控訴人永井に責任のないことは言をまたない。

二、当審における鑑定の結果によれば、甲車は幾分右に向いて走つていたというのであるから、これによつて甲車があるいは右に、すなわち中央線を超えて走り込んで来たことが充分窺える。」

〔証拠関係略〕

理由

一、昭和四〇年三月一四日午前九時二〇分頃、守正運転、訴外岡部ヤヨ子外三名同乗の甲車静一せ六九五七号が神奈川県平塚市須賀二〇〇〇番地先丁字路にさしかかつた際、被控訴人永井運転の乙車神一え九六八号と衝突し、同事故のため守正が死亡したことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、同事故により同被控訴人が安静加療九日間を要する左上腕刺創、右前腕、右下腿打撲擦過創を受けたことが認められ、これに反する証拠はない。

二、被控訴人湯川が自己のために乙車を運行の用に供する者であること、被控訴人永井が同湯川に自動車運転手として雇われ、被控訴人湯川の業務の執行として乙車を運転中に本件事故が発生したことは当事者間に争いがなく、他方、控訴会社は、控訴会社が自己のために甲車を運行の用に供する者であることを明らかに争わないので、同事実を自白したものとみなすべく、守正が控訴会社に自動車運転手として雇われ、控訴会社の業務の執行として甲車を運転中に本件事故が発生したことは当事者間に争いがない。

三、そこで、被控訴人永井および守正の各過失の有無を検討するに、前記一の当事者間に争いのない事実、〔証拠略〕を総合すると、

(1)  本件事故現場は、神奈川県平塚市須賀二〇〇〇番地先道路上であり、同所は東方神奈川県茅ケ崎市方面と西方同県大磯方面に通ずる、ほぼ東西の二級国道一三四号線(通称湘南遊歩道路、以下同国道を単に「国道」という。)と、北方の東海道国道方面に通ずる道路とが、ほぼ直交する、信号機の設置された、東側角、西側角とも、ふみ切りのある丁字路交差点(以下同交差点を単に「交差点」という。)であつて、交差点照明があること、

国道は、交差点付近では、車道はアスフアルト舗装され、その幅員が約一一メートルで、その中央にセンターラインの表示があり(交差点内は同表示がない)、交差点内は、おおむね西方に向かつて弱い下り坂となり、それより西方は平担であるが、交差点の東方は約一〇〇分の一・五の上り勾配であり、交差点の東方約六〇メートルの地点より先が約一五度右カーブとなつているほかは、ほぼ直線の見透しのよい遊路であつて、自動車の交通が頻繁であること、

前記東海道国道に通ずる道路は幅員一三メートルであること、ただし、国道の車道の北端の延長線から約三メートル距てて幅三・五メートルの東西の横断歩道があるところ、同横断歩道の南端は前記東側および西側の各ふみ切りにかかつているので約二二メートルであること、

また、交差点西側のふみ切りの西の始点付近から西方に幅三メートルの南北の横断歩道があること、

(2)  本件事故は、昭和四〇年三月一四日午後九時二〇分頃発生したが、当時晴天で路面は乾燥していたこと、

甲車は、静一せ六九五七号いすずTLD二〇改造型(三〇型に近い)トラツク、車体の長さ約五・七五メートル、幅約一・九九メートル、高さ約二・〇五メートルで、自重約一・九一トンであるが、当時五名が乗車し、積荷もあつたので、その総重量は約四トンであつたこと、乙車は、いすずTXD七〇E型トラツク、車体の長さ約七・七九五メートル、幅約二・三九メートル、高さ約二・五四メートルで、自重約四・八六トンであるが、当時積荷約六・二トンを積載し、二名が乗車していたので、その総重量は約一一トンであつたこと、

甲車は国道を東方から、乙車は国道の北側(東行)車道内を西方から、それぞれ交差点を直進すべく、双方とも、すくなくとも時速約四五キロメートル(秒速一二・四九メートル)で進行してきたが、丙車が交差点に近づいた頃、交差点の信号は東西青であつたこと、

(3)  ところで、甲車の前方には交差点に向かつて西進する訴外福沢清司運転の丙車がいたこと、丙車は、トヨエース小型トラツクで、その車体の長さは四メートル前後、幅は一・五メートル前後であつたこと(右小型トラツクのおよその長さ、幅は裁判所に顕著な事実である。)、丙車は交差点を右折すべく交差点に入つたが、福沢は前方に交差点を直進しようとして東進してくる右乙車を認め、交差点の中心の直前で、丙車の右側面がセンターラインの延長線上にくる位置で、未だ車体を西方に向けたままの状態で、すなわち、その左側面と交差点(国道)南端との間約四メートルの間隔をおいて、右側の方向指示器を点滅して右折の合図をしながら、直進車である乙車を先に進行させるため停車していたこと、

(4)  乙車を運転していた被控訴人永井は、衝突の約二秒前に、交差点手前の前記南北の横断歩道にさしかかつたころ、前記のとおり右折のために停車している丙車の後方から甲車が西進して来るのを約五〇メートル前方に(すなわち衝突地点の約二五メートル手前で)発見していたが、衝突の危険を予測せず、乙車の右側面とセンターラインないしその延長線との間隔を約一メートルに保つたまま(したがつて国道北端との間隔は約二メートル)、すなわち、停車中の丙車と約一メートルの間隔をもつて、自車からみてその左側(北側)を通過するべく、前同速度で交差点に進入したところ、乙車の前面と丙車の前面とが右間隔約一メートルをもつてすれ違つた瞬間、衝突の約〇・四秒前に、約一〇メートル先に(すなわち、衝突地点の約五メートル手前で)、甲車がセンターラインを超えて進行して来ているのに気付き、衝突の危険を感じて急拠ハンドルを左に切り、かつ、ブレーキをかけたが、ハンドル操作の効果があらわれ、制動作用が開始する前に(危険の認識からブレーキ開始までに早くとも〇・五秒を要することは経験則上明らかである。)、甲車、乙車は、ほぼ平行状態で、すれ違いざまに、それぞれ各前部右端付近どおしが激突したこと、右衝突は、丙車が乙車とすれ違うや右折をし始めた瞬間であること、右衝突地点は交差点東端、すなわち交差点東側すみ切りの東の始端から国道南端までの直近線(垂線)付近で、かつ、乙車右側面の進行した線である、センターラインないしその延長線から約一メートル北側の線上であること、

(5)  他方、甲車は、衝突の約二秒前の時点、すなわち、衝突地点の約二五メートル手前にさしかかつたところについてみれば、その進路上に前記のとおり丙車が右折の合図をして右折のために停車し、かつ、その右側を乙車がすでに前方約五〇メートルの地点まで対向してきて交差点を直進しようとしていたのにもかかわらず、交差点の前記カーブを切るのがやや浅かつたためセンターラインを少くとも一メートル位超えて、すなわち、自車の半分はセンターラインを超えた状態で、前記時速(すくなくとも四五キロメートルの速度)で直進し、そのまま乙車と衝突したことが認められ、〔証拠略〕中、右認定に反する部分は採用できず、その他右認定を左右するに足る証拠はない(控訴人ら主張のように乙車がセンターラインを超えて、あるいはセンターラインぎりぎりに進行し、丙車とすれ違つてから右にハンドルを切つた事実は、これを認めるに足る証拠は全く存在せず、また、〔証拠略〕から窺われる衝突後の甲車、乙車の各停止位置ならびに破損状況から右事実を推認することができないことは、当審における鑑定の結果に徴しても明らかであり、また、丙車が右折のため停止していた位置についても右認定を覆すに足る証拠はない。)。

右認定事実によれば、乙車を運転する被控訴人永井としては、信号機の設置された交差点において、青信号に従つて交差点に入り、それより先に交差点中心付近でほぼセンターラインの延長線の右側(自車から見て)に接する位置で、対向車である自車の通過をまつて右折のため停車している丙車とすれ違つて交差点を直進するにあたり、交差点に入る直前、前方約五〇メートルに甲車を発見した際、交差点が追越し禁止場所であるから(道路交通法三〇条一項)、右丙車の後方から来る甲車がセンターラインを超えて進行して来ていたにしても(もし甲車が完全にセンターラインを超えて自車の道路上、すなわち自車からみて道路の左側部分を暴走して対向して来ており、確実に正面衝突が予測されたような場合ならば格別であるが、本件の場合は、前記のとおりそのように極端に異常な場合ではない。)、恰も交差点内で丙車の追越しをする場合と同様の進路をとつて、ことさらに自車の進路上に進出して来るものではなく、間もなく中央線上または自車からみて中央線の右側に寄るであろうと信じて衝突の危険を予測していなかつたのは当然であつて、進路変更、減速等の措置を執ることなく時速約四五キロメートルの速度で丙車とすれ違つて交差点を直進しようとした点に何ら過失はないというべきである。

まして、右の時点以前において、すなわち、乙車の交差点進入以前から、前記丙車の後続車である甲車が、未だ交差点の向う側を走行して来ているときから、たとえ交差点の向う側約六〇メートルの地点から先が右カーブになつているにせよ、センターラインを超えているか否か(前記のとおり甲車が完全にセンターラインを超えて暴走して来たような極端に異常な場合は格別であるが、)等対向車丙車の後続車である甲車のみについて特にその動静を注視すべきことを被控訴人永井に求めるのは、交差点以外の場所を進行する場合とは異なつて、車両の交通量の多い交差点を通過するに際して不能のことを強いるものというべきであるから、この点過失がないことはいうまでもない。

控訴人らは被控訴人永井に交差点における徐行義務違反を主張するが、本件の交差点には信号機が設置され交通整理が行なわれていたから徐行義務のないことは明らかであり(道路交通法四二条参照)、また、控訴人らの主張する道路交通法一八条所定の車両の通行区分の基本原則違反の点についてみても、前記認定のとおり、乙車は車体の長さ約七・七九五メートル、幅約二・三九メートルの大型トラツクで、当時総重量約一一トンであつたところ、センターラインの左側部分五・五メートル(国道幅員一一メートルの半分)のセンターラインないしその延長線上から約一メートル、道路左端と約二メートルの間隔をもつて進行していたのであるから、乙車が右のような大型トラツクであることを考えれば、右進路をとつたことをもつて、右基本原則に背反したとすることはできない。さらに、控訴人ら主張の安全運転義務違反(同法七〇条参照)の点については、前記認定事実に照らしこれを認めることはできないし、これに反する証拠はない。

他方、甲車を運転する守正は、前記のとおり丙車が交差点中心手前付近でほぼセンターラインの左側に接する位置で右折の合図をしながら対向車である甲車の通過をまつて停車していたのであるから、交差点を直進するに際し、右丙車の左側を通過すべき注意義務があるのに、これを怠り、道路の通行区分を無視してセンターラインを約一メートルも超えたまま交差点にさしかかり、恰も交差点内で丙車の右側を追い越す場合と同様の進路をとりつづけたため本件事故を惹起したものであるから、本件事故が同人の過失に基因することは明白である。

四、そして、前記のとおり本件事故について乙車の運転者である被控訴人永井に過失がなく、したがつて、保有者である被控訴人湯川にも過失がなかつたというべきところ、〔証拠略〕によれば、乙車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたことが認められ、これに反する証拠はない。したがつて、控訴人斉藤時子、同斉藤登美子、同斉藤智和、同斉藤文江四名の被控訴人湯川に対する自動車損害賠償保障法三条による各請求は、その余の判断をするまでもなく、理由がない。

また、被控訴人永井の過失が認められないから、右控訴人四名ならびに控訴会社の被控訴人永井に対する民法七〇九条による各請求、控訴会社の被控訴人湯川に対する民法七一五条による請求もまた、その余の判断をするまでもなく、理由がない。

五、つぎに、被控訴人らの請求についてみるに、前記のとおり本件事故は甲車の運転者である守正の過失に基因するから、控訴会社は、被控訴人永井に対し自動車損害賠償保障法三条により、同湯川に対し民法七一五条により、それぞれ損害賠償義務がある。

六、そこで、まず、控訴会社の被控訴人湯川に対し支払うべき損害賠償額についてみるに、当裁判所もまた原判決と同一の理由により二七万五六七〇円と認めるので、原判決理由中当該部分(原判決一七枚目裏二行目から一八枚目裏一〇行目まで)を引用する(ただし、原判決一七枚目裏七行目および一〇行目に各「密柑」とあるのを、いずれも「蜜柑」に、同一八枚目裏九行目に「結果、」とあるのを「結局」にそれぞれ訂正する。)。

七、つぎに、控訴会社の被控訴人永井に対し支払うべき損害賠償額についてみる。

(1)  治療費

前記のとおり被控訴人永井は本件事故により傷害を受けたが、〔証拠略〕を総合すれば、同被控訴人が右傷害の治療費として二万八九五〇円を支払つたことが認められ、これに反する証拠はない。

(2)  逸失利益

前示乙五号証、原審における被控訴人永井、同湯川各本人尋問の結果を総合すると、当時、被控訴人永井は、神奈川県足柄上郡南足柄町岩原一八一番地の一に居住し、同所三二〇番地で貨物自動車による運送業をする被控訴人湯川に常傭日給運転手として日給一五〇〇円を得ていたところ、本件事故による乙車の修理のため三五日間(前記要安静加療期間九日を含む。)運転乗務すべき車両がないので休業し、右日給三五日分五万二五〇〇円を得ることができなかつたことが認められ、これを覆すに足る証拠はない。控訴人らは損益相殺をなすべき事情にある趣旨の主張をするが、これを認めるに足る証拠はない。したがつて、被控訴人永井は右と同額の得べかりし利益を失つたというべきである。

(3)  慰謝料

前記認定のとおり何ら交通法規に違反することなく甲車を運転していた被控訴人永井が、乙車を運転していた守正の無暴運転ともいうべき過失に基因する本件事故に遭遇し、〔証拠略〕からも窺われる衝突の激しさを考えれば、同被控訴人の受傷が前記程度のものであるにせよ、本件事故により受けた精神的損害は決して軽微とはいえず、右受傷その他本件にあらわれた諸事情によれば、当裁判所もその慰謝料額は一〇万円をもつて相当と認めるのであつて、右のような本件の場合にも主として受傷の程度に比例して慰謝料額を算定すべきであるという控訴人ら主張には左祖できない。

したがつて、被控訴人永井に対する損害賠償額は、以上合計一八万一四五〇円であり、同被控訴人の請求中これを超える部分は理由がない。

八、控訴人ら主張の過失相殺の主張は、前記のとおり被控訴人永井に過失がないので、これを採用することができない。

九、よつて、控訴会社は、被控訴人湯川に対し二七万五二七〇円、同永井に対し一八万一四五〇円ならびに右各金員に対する訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四一年六月八日から各完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

一〇、以上の次第であるので、控訴人らの各請求は棄却すべく、被控訴人湯川の請求は認容し、同永井の請求は前項の限度で認容し、その余は棄却すべきところ、これと結論を同じくし、右認容部分について仮執行宣言を付した原判決は正当であり、本件各控訴はいずれも理由がないので棄却することとし、民事訴訟法三八四条、九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 柳川真佐夫 後藤静思 平田孝)

(第一図)

〈省略〉

(第二図)

〈省略〉

(第三図)

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